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欧州委員会による標準必須特許に関する新規則の概要

  • 執筆者の写真: Takao Saito
    Takao Saito
  • 2023年5月3日
  • 読了時間: 6分

更新日:2023年5月4日

2023 年 5 月 グローバル知財 最新事情 No. 2

欧州委員会による標準必須特許に関する新規則の概要


2023年5月3日

日本弁理士・米国弁護士 齊藤尚男


(1)はじめに

 2023年4月27日、欧州委員会は、標準必須特許(Standard Essential Patents, SEP)に関して、欧州連合知的所有権庁 (EUIPO) に新たに設立された「コンピテンスセンター」の管轄とし、SEP の登録簿を維持し、EUIPOがSEPの必須性のチェックを実施し、訴訟の代わりに、公平かつ合理的で非差別的ないわゆるFRAND(Fair, Reasonable, and Non-Discriminatory)レートを決定するという(EU Commission記事)。併せて、欧州委員会は、強制実施権や中小企業 (SME)に対する優遇措置などを整備し、新しい技術を活用し、EU の競争力と技術分野において主権を確保することに貢献するのを支援する新しい規則を提案した。以下にその概要を示す。



(2)概要

  1. 欧州委員会は、標準必須特許に関する規則案、危機的状況における特許の強制実施許諾、および補足的保護証明書に関する法律の改正により、より透明性が高く、効果的で将来性のある知的財産権の枠組みを提供するとする。

  2. 標準必須特許に関する現在のシステムは、「長年にわたり、透明性、予測可能性の欠如、および長期にわたる論争と訴訟に悩まされてきたとし、自主規制など、これらの問題に対処するためのこれまでの対策は効果的であることが証明されていない」とする。2020 年の IP アクションプランで、欧州委員会は「訴訟に頼るのではなく、誠実な交渉を奨励する、より明確で予測可能な枠組み」の必要性を強調してきた。提案された標準必須特許ライセンス フレームワークは、「バランスの取れたシステムを構築し、標準必須特許の透明性、紛争の削減、および効率的な交渉のグローバルベンチマークを設定することを目的としている」とする。

  3. 提案された SEP ライセンス枠組みでは、SEP ポートフォリオに関する透明性を提供し、ロイヤルティの総額 (複数の特許権者が関与する場合) を提供し、当事者がライセンスの FRAND 条件に同意するためのより効率的な手段を可能にする、とする。この提案では、欧州連合知的所有権庁 (EUIPO) に「コンピテンス センター」を設立が設立されるとともに、SEP の総ロイヤルティに関する専門家の意見と、費用のかかる訴訟の代わりにとなる調停による FRAND レートの決定、および、中小企業支援策が提案されている。

  4. 特許の強制実施権により、政府は特許権者の同意なしに特許発明の使用を許可することができる。製造業者との任意のライセンス契約が利用できないか十分でない場合、強制ライセンスは、危機の時の最後の手段として、主要な危機関連の製品と技術へのアクセスを提供するのに役立つとする。新しい規則では、単一市場における緊急措置、HERA 規制、チップ法などの EU 危機措置を補完する新しい EU 全体の強制ライセンス措置を予見している。新型コロナウイルス危機の余波を受けて、これらの新しい規則は、危機の際に主要な特許取得済みの製品や技術へのアクセスを確保することにより、連合の危機に対する回復力をさらに強化するという。

  5. 補完的保護証明書 (Supplementary Protection Certificate, SPC) は、規制当局によって承認されたヒト用医薬品、動物用医薬品、または植物保護製品の特許期間を最大 5 年間延長する新たなら知的財産である。これは、イノベーションを促進し、これらのセクターの成長と雇用を促進することを目的としている。

  6. 本提案は、6 月 1 日から運用される単一特許制度を補完するものである。EU の国内知的財産庁との緊密な協力の下、EUIPO が実施する集中審査手続きも導入される。この制度の下では、単一の申請は単一の審査プロセスの対象となり、申請で指定された加盟国ごとに国レベルの補完的保護証明書が付与される。同じ手続きにより、欧州レベルの単一的な補完的保護証明書が付与される場合もある。

  7. 2023年EU中小企業基金として、イノベーションをさらに支援するために、本提案と同時に、2023年EU中小企業基金は、初めて、ヨーロッパの特許と新しい植物品種に関する新しいバウチャー サービスも利用できるようにする。これらの新しいサービスにより、中小企業は、特許登録費用を最大 1,500 ユーロ、申請ごとに新しい植物品種の登録費用を最大 225 ユーロ節約でききる。

  8. 提案された規則は、その採択と発効に際し、欧州議会と欧州連合理事会によって議論され、合意される必要がある。



(3)実務に与える影響


  1. 欧州連合は、2023年4月27日、2つの法的措置が進めた。標準必須特許関連と人工知能 (AI) 技術関連である。欧州委員会は、どちらの提案も消費者の安全と競争の懸念に対処していると主張しているが、複数のコメンテーターが、技術の商業化の速度を遅らせ、欧州のビジネスに損害を与える可能性があると批判している。

  2. 欧州委員会の規制草案がメディアにリークされてから業界内では噂が広がっていた。ここにきて、ついに欧州委員会は、SEPを取り巻く新しい規制枠組みの提案を導入した。このフレームワークは、SEP の対象となる電気通信その他の技術をめぐる紛争に介入するために、欧州連合知的所有権庁 (EUIPO) に多くの規制権限を引き渡すものとなる。欧州連合知的所有権庁 (EUIPO) に新たに設立された「コンピテンスセンター」の管轄とし、SEP の登録簿を維持し、EUIPOがSEPの必須性のチェックを実施し、訴訟の代わりに、公平かつ合理的で非差別的ないわゆるFRAND(Fair, Reasonable, and Non-Discriminatory)レートを決定するという。

  3. 本規制をめぐっては、米国、欧州、中国が標準技術の覇権争いをしているときに、欧州の独自の枠組みマイナスに働くのでは、という懸念が実務界から出ている。また、商標登録を主要な業務としてきたEUIPO対して、申請された標準必須特許権に関して、技術的な必須認定が正しくできるのかといった懸念の声もある。

  4. また、SEP の枠組みが正式に公開されたのと同じ日に、欧州委員会は AI 法についても提案した。これは、人工知能技術を実装する企業によるこれまでの慣行に対する規制である。例えば、自動運転や医療機器などに使用される AI に対し厳格なテストが課されることや、ChatGPT などの自然言語処理プラットフォームに対し、学習データとして使用される著作権で保護されたコンテンツや著作権で保護された文学、芸術、または音楽などの素材について開示することなどを要求している。AI システムに学習させるために著作権で保護された素材を使用することが著作権の侵害を構成するのか、またはそのような活動が従来のフェアユースの法理の下で侵害の例外とされる可能性があるのか定かではない。ChatGPTを提供するOpenAIなどのテクノロジー企業は、学習データを秘密にしているが、本AI 法の新しい規定により、著作権者から著作権侵害と主張されるリスクがあるといえる。


 

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