2025年7月 グローバル知財事情 米国ワシントン西部連邦地方裁判所Perfect Co. v. Adaptics Ltd. Apple, 374 F. Supp. 3d 1039 (W.D. Wash. 2019) Decided Mar 19, 2019の概要
- Takao Saito
- 7月11日
- 読了時間: 5分
更新日:7月14日
2025年7月11日
日本弁理士・米国弁護士 齊藤尚男
(1)はじめに
2014年12月12日、Perfect Company(以下、Perfect)は、被告Adaptics Limited(以下、Adaptics)が販売する「Drop Kitchen Connected Scale」および「Drop Kitchen Recipe App」が、自社が保有する米国特許第8,829,365号および第9,772,217号を侵害しているとして提訴した。その後、PerfectはAppleを共同被告に追加し、AppleがApp Storeおよび実店舗にてAdapticsのiOS対応製品を販売することで上記記載の特許権を侵害していると主張した。
2015年9月25日、PerfectとAppleは和解し、PerfectはAppleおよびその顧客・関連会社・供給者等に対して、当該特許に基づく侵害の請求権を放棄することに合意した。ただし、和解契約には「carve-out(例外条項)」が設けられ、Adapticsおよびその他Perfectの特許を侵害する製品・サービスを設計または製造する事業者に対する請求権は明示的に除外された。
Adapticsは、PerfectとAppleとの和解がAppleによるAdaptics製品の販売を許可するものであると主張し、その結果、特許消尽の法理によりPerfectの権利は消滅していると主張した。これに対して、Perfectは、特許消尽はあくまで正当に販売された製品に関する「下流(downstream)」の再販売者・使用者に適用されるにすぎず、Appleは製品の製造者ではなく、Adapticsのような「上流(upstream)」の当事者に対しては消尽の効果は及ばないと反論した。また、和解はAppleに対する請求権の放棄にすぎず、Adapticsに関連する侵害行為まで免責するものではないと主張した。
(2)判示事項
1. 裁判所はまず、Adapticsの主張が依拠する「特許消尽」の法理について検討した。Adapticsは、PerfectがAppleに対して販売を許諾した以上、当該製品に関しては特許が消尽され、Perfectはもはや訴えることができないと主張した。しかし、裁判所は、特許消尽が適用されるのは、承認された最初の販売を起点とする“下流(downstream)”の再販売者・使用者に限られると判断した。Adapticsはそのような下流の購入者ではなく、むしろAppleに製品を提供する“上流(upstream)”の製造者である以上、特許消尽の効果は及ばない。すなわち、Adapticsが主張する「Appleが売ることを許された製品は、もはや特許の支配を受けない」との理屈は、本来的に“販売後の購入者”を対象とした特許消尽の法理を、製造者にまで拡張しようとするものであり、誤りである。この点について、裁判所は、Impression Products, Inc. v. Lexmark International, inc.やQuanta事件などの裁判例に照らしても、上流に対する消尽は否定されていると明確に述べた。
2. さらに、裁判所は、PerfectとAppleとの間の和解契約の内容についても検討した。和解には、Appleやその顧客・関連会社・供給者等に対して、Perfectが特許侵害訴訟を提起しない旨の条項が含まれていたが、仮にこの和解によりAppleによる販売が遡及的に承認されたものであったとしても、それによって消尽されるのは販売者およびその後の下流の購入者に対する特許権に限られ、元の製造者であるAdapticsに対する特許権は消尽されないと述べた。したがって、Perfectは和解後も、Adapticsに対して特許侵害の訴訟を提起する権利を有していると判断された。以上の理由により、裁判所はAdapticsの申し立てを却下した。
(3)実務に与える影響
1. 本判決により、米国においては、特許消尽の法理に関して、いわゆる「上流消尽」は認められないことが明確にされた。すなわち、特許消尽論が適用されるのは特許製品またはライセンス品の拡布による顧客に対する請求権が消尽するのであって、顧客ではないサプライヤー等の下流の商流にある第三者に対する請求権までが消尽の対象となるものではないことが明らかとなった。
2. 本判決により、サプライヤー間で特許ライセンス契約や和解などによってライセンス許諾がなされたことにより顧客に対する請求権が特許消尽によって行うことができなくなるのに対し、先に顧客との間で和解をしたとしてもそのことが直ちにサプライヤーに対する上流消尽を引き起こすものではないということが明確になった。実務においては、今後顧客との間での和解というものが促進し、carve-outという概念によってサプライヤーやその他の商流に属する第三者が例外的に除外されるという実務が広がる可能性がある。ただし、本判決は地方裁判所での判断であるため、必ずしもこれが判例法理として確立していくかは明らかでない。今後、連邦巡回控訴裁判所などがどのように判断をしていくか注目されるところである。
[執筆者]
齊藤尚男(Takao Saito)
齊藤国際知財事務所代表、日本弁理士、米国弁護士(カリフォルニア州)。
主に特許ライセンス交渉、特許侵害訴訟等の知的財産に関連する紛争に関与。また、特許ポートフォリオ・マネージメント、知的財産戦略の策定、 M&A 、企業間の戦略的提携において、知的財産権に関するカウンセリングを行う。18年以上に亘りパナソニックにおいて、特許権ライセンス、知財キャッシュ化、事業契約及び訴訟等の実務経験を有する。2022年齊藤国際知財事務所創業、Squall IP 合同会社設立するとともに、Wiggin & Dana米国法律事務所との提携開始、同事務所コンサルティングカウンセル就任。同志社大学法学部、京都大学法学研究科法制理論専攻後期博士課程卒業 博士(法学)。
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